西村俊郎の人物画モデルとしての妻・榮子
- 西村 正
- 2024年8月22日
- 読了時間: 2分
更新日:2024年8月24日


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榮子叔母と私(世田谷の家で)↑
今年の夏は去年にも増して暑かった。パリオリンピックもあったけれど、「危険な暑さ」という言葉が連日のように使われていたので例年以上に、冷房した部屋に籠ることが多かった。そうなると、つい昔の写真を見ることが多くなる。この二枚の写真もその中に見つけたものである。
榮子叔母は北海道伊達町(現・伊達市)の出身で叔父より12歳下の大正10年酉年生まれである。この結婚写真は洞爺湖で撮ったもののようだが、実はいつのことか年月日が特定できない。戸籍謄本を見ても、昔はすぐに婚姻届を役所に出さないことが珍しくなかったと見えて正確なことが判らない。これは私の両親についても同様である。ここでは他の記録との照合によって、「叔父が32歳、榮子叔母が20歳の時」と推定しておこう。
次の写真は世田谷の家の玄関前でのスナップである。世田谷の家は戦争末期の1940年頃に建てられたはずである。祖母と叔父夫婦が先に入居して、私の父母はあとから同居したと聞いている。叔父夫婦には子どもがいなかったので私はこの家でただ一人の子どもとして育った。それはさておき、ここでは叔父が妻・榮子を人物画のモデルとした作品が結構あったということを確認しておきたい。

この絵は世田谷の家のアトリエで描いたものと思われる。次の資料(当ホームページの原稿)にある「第8回海洋美術展出品作品」は「海女」という題で1944年に描かれたものだが、「朝日新聞社賞」を受けている。画面中央の女性は顔がよく見えないが、雰囲気からして榮子叔母がモデルだと思われる。「第2回日展出品作品」は「麥こき」という題で1946年に描かれたもの。「第3回日展出品作品」は「小憩」という題で1947年に描かれたものである。この二点は顔を見ると明らかに榮子叔母であることが判る。ちなみに、当ウェブギャラリーの「代表作20選」の最後の作品「榮子像」は1950年の第6回日展に「椅子による女」という題で出品したものに違いない。

叔父は1970年代後半から毎年冬場の約半年をフランスで過ごす生活を続けていたが、一回だけ夏場にフランスに行って冬に日本に帰っていたことがあった。奇しくも榮子叔母はその冬(1981年1月)にクモ膜下出血で倒れ他界したのだった。 (2024.8.22)
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