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高階秀爾を読む:「名画を見る眼 Ⅰ・Ⅱ」

執筆者の写真: 西村 正西村 正

 

 高階秀爾(タカシナ・シュウジ1932–2024)が昨年10月に亡くなってから、私はNHK-Eテレの番組「日曜美術館」のアンコール放送で、初めて高階と辻󠄀惟雄(ツジ・ノブオ)の対談を視聴した。二人は同年齢である。高階の著書である「名画を見る眼」(岩波新書)の存在はかなり前から知っていたが、今回彼の肉声を聞いて初めて私はこの本を読んでみる気になったのであった。

 高階は戦後まもなく国費留学生としてフランスに留学しているが、以前このブログ記事で触れた画家・岩田榮吉(1929–1982)も同じ頃フランスに国費留学している。もちろん岩田は画家として、高階は美術史の研究者として留学したのである。正直なところ私は長い間、美術評論家と呼ばれる人たちに何かしっくりしないものを感じてきたので、いわゆる美術評論に触れることを意図的に遠ざけてきたところがあった。だから高階についてもそのような偏見を抱いていたのかもしれない。しかし今回初めて彼の著書を読んで、私は「なるほど!」と思うようになった。15世紀フランドルの画家ファン・アイクから20世紀のシャガールまで、精選した29人の画家について、それぞれ主に1点だけ選んだ作品を中心に細かな点に触れながら書かれているのを読むと、絵をただ漫然と見ているだけでは気づかなかった多くのことを教えられる。同時に、あらゆる資料を駆使したであろう研究の成果に圧倒される。だが1969年(続編は1971年)に刊行されてから長年に渡って多くの読者に読み継がれてきたこの本を初めて読む私が何か感想めいたことを書けるとしたら、やはりそれは、一人の画家であった我が叔父・西村俊郎の画業をどう見るかについて様々なヒントを与えてもらったということ以外にはないし、またあるべきでもないと思う。

 この本の中で私が一番ハッとしたのは、19世紀のマネの登場を境にして「近代絵画」を定義し、それ以後の百年の変化は、それ以前の四百年の歴史よりもはるかに急激であった、と述べられていることである。では画風における西村俊郎の関心は、五百年に渡る西洋絵画の歴史の中のどこにあったのだろうか? それは、本人のエッセイに登場する画家の名前を見れば大体判るのかもしれない。参考までに、叔父のエッセイに名前が登場する画家をその生年順に並べてみると次の如くである。

 

 ①ターナー(1775)②コンスタブル(1776)③アングル(1780)④コロー(1796)

 ⑤ミレー(1814)⑥ピサロ(1830)⑦ドガ(1834)⑧セザンヌ(1839)

 ⑨モネ(1840)⑩ルノワール(1841)⑪ゴッホ(1853)⑫マルタン(1860)

 ⑬マチス(1869)⑭マルケ(1875)⑮ユトリロ(1883)

 

 これらの画家の画風を調べてみると大雑把に言って「新古典派~ロマン派~印象派~ポスト印象派」と言えるのだろうが、この中で本人が一番影響を受けたと言っているのはコンスタブルである。また、叔父が繰り返し語っていたキーワードとでも呼ぶべきものは「具象」「写実」「遠近感」「空気」「ヴァルール」と言ったところであろう。叔父は画家であって研究者ではなかったのだから、西洋絵画の全史に精通している必要は勿論ないだろうし、おそらく高階のこの本も読んでいなかっただろう。だから、ここで私が並べてみた西洋の画家たちと、叔父がよく口にしていたキーワードの間に直接の関係性は認められないかもしれないが、高齢になってから初めて渡欧した叔父が、フランスをはじめとする各国の風土や多くの美術館の作品を観て得たことは、おそらく絵画に対するそれまでの自分の姿勢が「間違っていなかった」という確信ではなかったか、と私には思われるのである。 しかし、私のそのような見方が果たして正しいのかどうか、私は今後とも高階をはじめとする研究者の論考に謙虚に学ぶとともに、西村俊郎の作品についても新たな眼で見ることができるよう努めていきたいという気持ちになっている。 (2025.1.30

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